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大分地方裁判所 昭和49年(わ)41号 判決

主文

1  被告人を懲役五月及び罰金四〇〇万円に処する。

2  この裁判の確定した日から二年間、右懲役刑の執行を猶予する。

3  被告人において右罰金を完納することができないときは、一日を金一万円に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

4  訴訟費用は、被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、大分県竹田市大字竹田一、八九九番地の七に店舗を設けて椎茸仲買業を営んでいるものであるが、所得税を免れようと企て、架空名義で椎茸を販売するなどして公表経理上売上の一部を除外し、これによって得た収入を架空名義の銀行預金とするなどの行為により所得を秘匿したうえ

第一  昭和四五年分の総所得金額は、一、七二〇万四四三六円で、これに対する所得税額は七二七万四〇〇〇円であるにもかかわらず、昭和四六年三月一〇日同市大字竹田二、〇七四番地の一所在の竹田税務署において、同税務署長に対し、総所得金額は、二二二万〇〇〇九円であって、これに対する所得税額は二二万八七〇〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もって不正の行為により同年分の所得税七〇四万五三〇〇円を免れ

第二  昭和四六年分の総所得金額は、二、四八六万九七八〇円で、これに対する所得税額は、一、一二六万一七〇〇円であるにもかかわらず、昭和四七年三月七日前記税務署において、前記税務署長に対し、総所得金額は、二二九万九一七八円であって、これに対する所得税額は、一九万八二〇〇である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もって不正の行為により、同年分の所得税一、一〇六万三五〇〇円を免れたものである。

(証拠の標目)

別紙のとおり。

(法令の適用)

一  判示所為

第一の所為 所得税法二三八条一項後段、一二〇条一項三号(昭和四五年法律第三六号所得税法の一部を改正する法律附則三条二項一号)

第二の所為 所得税法二三八条一項後段、一二〇条一項三号(昭和四六年法律第一一三号所得税法の一部を改正する法律附則三条三項一号)

二  併合罪の処理

刑法四五条前段、四八条一項

懲役刑につき 同法四七条本文(判示第二の逋脱罪の刑に加重)

罰金刑につき 同法四八条二項

三  懲役刑に対する執行猶予

刑法二五条一項

四  換刑留置

刑法一八条一項

五  訴訟費用の負担

刑事訴訟法一八一条一項本文

(量刑の事情)

一  脱税は、国民の納税倫理ないし納税道徳に背反し、国民全体の不利益において不当に利得するという重大な反社会性・反道義性を有する詐欺に極めて近い犯罪である。しかも、それは税負担の公平を侵害するに留まらず、誠実な納税義務者の納税倫理をも腐敗・堕落せしめる公共侵害犯であって、その影響力の広汎性及び伝播性は計り知れないものがあるといわなければならない。

二  されば、租税刑法の目的は、租税倫理の背反とたたかい、租税倫理を強化することを任務とすべきであり、逋脱犯に対する刑罰は、脱税者の発生を防止するに効果的な刑罰でなければならず、特別予防を科刑上重視することは妥当でないというべきである。

そこで、直税逋脱の事業主(法人)又は行為者に対して科せられている量刑について考える。まず右行為者に対して併科される懲役刑は、その殆んどに執行猶予が付せられて名目化しているうえに、その名目的懲役刑の宣告による犯罪者としての烙印付けの機能すら、脱税者の属する取引社会、地域社会の脱税に対する認識が十分でないために、社会的非難としての効果を殆んど挙げ得ず、ましてこれによって一般予防を図ることは期待できない状況にあるといわざるを得ない。

したがって、名目的懲役刑を是認する限り、この種経済的利慾犯に対する短期自由刑に代るものとしての罰金刑においてこそ、租税倫理の崩壊を防止し、税務執行の公正を確保するに十分なものでなければならず、このためその罰金額は、脱税者の負担能力を考慮し、脱税者に現実に財産的苦痛を与えるものでなければならない。

三  そこで本件の情状について考察する。判示証拠によると、本件は椎茸仲買業を営む被告人が、事業の発展につれ増大する税金を納めるのは馬鹿らしいという動機から、証拠上少くとも昭和四三年以降同四七年九月頃まで所得税免脱を企て、仕入伝票、売上納品書控を破棄する一方、取引先にはその経済力等により仮名取引、現金取引を強要するなどして、売上を除外し、あるいは差益率が六%前後になるよう仕入を調節するなどの不正行為によって、少くとも起訴にかかる昭和四五・四六年の二年間において、所得金額合計四、二〇七万四二一六円、その税額一、八五三万五七〇〇円であるにもかかわらず、その所得金額合計は四五一万九一八七円、その税額は四二万六九〇〇円である旨虚偽の申告をなし、合計一、八一〇万八八〇〇円に及ぶ多額の所得税を逋脱した事犯であって、しかもそれ以前には税務当局の指示により修正申告を余儀なくされていたにもかかわらず、本件逋脱をしたこと等が認められる。

しかして逋脱犯が利慾犯的・反公共犯的な重大な犯罪であることに鑑みるとき、本件は計画的犯行の一部であって、その動機・方法も私利追求のみを旨とした悪質・巧妙なものであって、所得秘匿率も九〇%に及び、その逋脱額も所得税法二三八条一項の上限額五〇〇万円の三倍強にも達していること、更に最近の租税執行面の公平・公正を求める国民のこの種脱税に対する厳しい世論をも併せ考えると、被告人が既に重加算税、過小申告加算税を支払い、反省顕著なものがあるとしても、それは特別予防の見地から懲役刑の刑期及び執行猶予期間で斟酌すべきであり、一般予防の見地から課すべき罰金刑については、右逋脱所得額及び情状に照らし、同条二項を適用すべき事案とも考えられる。しかし、他方刑事司法の連続性及び従前の科刑との均衡も考慮すべきであるので、被告人に科すべき罰金額としては、同条一項の範囲内において量定するのが相当と思料する。

よって主文のとおり判決することとする。

(裁判官 中川隆司)

〈以下省略〉

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